19日(金)夜7時前、核兵器禁止条約交渉会議の2017年開催に向けた勧告を含む報告書案が投票に付され、賛成68カ国、反対22カ国、棄権13カ国(日本を含む)の賛成多数をもって採択、公開作業部会は閉会した。全会一致(コンセンサス)の合意をめざしていた会議に何が起こったのか。詳細な分析は後日に譲るとして、まずは最終日の経過を整理してみたい。
■合意に向けた努力
タニ議長の采配の下、各国はコンセンサス合意に向けた努力を続けていた。最大の難関は、第5章「結論及び合意された勧告」の2017年交渉会議開始に言及した箇所であった。採択までの間に報告書案「ゼロ・ドラフト」は4度の改訂を経ているが(最後の改訂は口頭によるもの)、当初、この一節は次の通りであった。
「この点に関して、過半数の国家(a majority of States)は、核兵器の完全廃棄につながる、核兵器の禁止のための法的拘束力のある文書を交渉すべく、すべての国家、国際機関、市民社会に開かれた会議を国連総会が2017年に開催することに支持を示した。しかし、一部の国家(a group of States)は、現在の国際安全保障環境を考慮すればそのような交渉は時期尚早であると考え、国家及び国際に安全保障の諸懸案に対処するための多国間軍縮交渉を前進させるプロセスの必要性を強調し、効果的な法的及び法的以外の措置を並行的、同時進行的に行うという実際的なビルディング・ブロックの追求を支持した。」
「過半数」をめぐる攻防があったことは本ブログで述べた通りである。非公開の非公式協議が重ねられ、19日夕方4時過ぎの公式会議(公開)の再開時点で配布された「3度目の改定案」で当該部分は次のように変更された。
「67.作業部会は、第34節で述べられたように、核兵器の完全廃棄につながる、核兵器の禁止のための法的拘束力のある文書を交渉すべく、すべての国家、国際機関、市民社会に開かれた会議を国連総会が2017年に開催するという広範な支持(widespread support)(※)を集めた勧告があったことを認識する。作業部会はまた、その他の国家(※※)が上述の勧告に合意しなかったこと、そしてそれらの国が多国間核軍縮交渉を前進させるためのいかなるプロセスも国家、国際及び共通の安全保障の懸念を考慮しなければならないと勧告し、合意されていない第40及び41節で述べられたように、多国間核軍縮交渉を前進させるための同時並行、同時進行的かつ効果的な法的及び法的以外の措置で構成される実際的措置を追求することを支持したことを認識する。さらに、作業部会はその他のアプローチに関する見解が表明されたことについても認識する。」
(筆者注)脚注として、※には「この勧告の支持国は、アフリカ諸国(54カ国)、ASEAN(10カ国)、ラテンアメリカ・カリブ諸国(33カ国)、ならびに一定数のアジア、太平洋、欧州の諸国などで構成」※※には「この勧告の支持国は漸進的アプローチを提唱する24カ国などで構成」と記載されている。
核兵器依存国らで構成される「漸進的アプローチ」の国々の意向を受け、「2017年交渉会議開始」については「広範な支持」を集めた勧告、と文言上は一定のトーンダウンを見せている。しかし脚注に具体的な国数があるように、禁止条約推進派が事実上の「多数派」であることは明示されている。「事実」を覆すことはできなかったということだろう。
公式会議の冒頭、タニ議長は「可能な最良(best possible)のもの」と報告書案を紹介し、各国が相違を埋める努力をしたことに謝意を述べた。続いて発言を求めた各国も妥協の産物であるとしつつも前向きな評価を口々に述べた。
■核兵器依存国の分裂
コンセンサスまであと一歩、という空気を一変させたのはオーストラリアであった。14カ国を代表して発言を求めた同国は、「合意された勧告」部分に「根本的な相違」があり、受け入られないとした。議長は「発言を最終報告書に記録する」と対処しようとしたが、オーストラリアは断固として投票を要求した。残りの13カ国はポーランド、ブルガリア、アルバニア、ハンガリー、イタリア、ベルギー、スロベニア、ルーマニア、ラトビア、エストニア、トルコ、リトアニア、そして韓国である。いわば、漸進的アプローチの24カ国の「分裂」であった。日本、ドイツ、オランダ、カナダ、ノルウェーなどは入っていない。
オーストラリアの発言を受けて、グアテマラが声を上げた。報告書案に対する修正提案である。前述の「作業部会は…(2017年条約交渉開始について)広範な支持を集めた勧告があったことを認識する」を、「作業部会は…(2017年条約交渉開始を)勧告する」に変更するというものである。コンセンサスであれば妥協もするが、投票に付されるとなれば、禁止条約推進派のもともとの主張である「より強い表現」を要求しよう、と考えたことは当然ともいえよう。
■そして投票へ
オーストラリア、グアテマラの動きを受け、メキシコが審議中断を要求した。会議室を移動し、約30分後の18時に再開することが確認された。
会議が再開され、グアテマラがあらためて修正提案を行った。最初の一文は次の通りである。
「67.作業部会は、第34節で述べられたように、核兵器の完全廃棄につながる、核兵器の禁止のための法的拘束力のある文書を交渉すべく、すべての国家、国際機関、市民社会に開かれた会議を国連総会が2017年に開催することを、広範な支持(※)をもって勧告した。」
修正提案に対する投票が行われ、賛成62、反対27、棄権8で可決した。日本は棄権した。
続いて、上記修正を含んだ形での最終報告書全体に対する投票が行われた。投票結果は冒頭に述べた通りである。各国政府関係者、国際機関、NGO、メディア関係者らで埋まった部屋に、次々と「多数派」のネームプレートがあげられていった。途上国の政府関係者が集まるテーブルからは笑顔も漏れた。議長が採択を告げると、会場には大きな拍手があがった。
投票後の説明で、日本は「最終的にギャップを埋められなかった」と、投票という結果になったことに遺憾の意を示し、「さらなる分断につながる」との懸念を述べた。オランダ、ノルウェーも同様の発言をした。
最後に、メキシコがタニ議長の努力を称える発言を行った。会場の拍手はいつまでも鳴りやまなかった。
■次の舞台は国連総会に
2017年に「核兵器の禁止のための法的拘束力のある文書」の交渉会議を始めるとの勧告がなされたことは「歴史的」成果である。何よりも重要であったことは、来年の交渉開始を求める声が間違いなく世界の「多数派」であることが明示されたことだ。このゆるぎない事実は、来る国連総会第一委員会(軍縮・安全保障)への決議案提出や投票行動を含め、各国の動向に大きな影響を与えていくことだろう。
しかし一方で、国家間の分断はますます強まっている。オーストラリアの行動はそれを象徴するものであった。投票に持ち込めば、数で優位となる禁止条約推進派の主張が通ることになる。それでもなお、「強硬姿勢」を示すことに意味があると考えたオーストラリアの真意はわからない。しかし、次に控える国連総会での波乱を予想させる動きであることは間違いない。また、今回の結果を受け、法的禁止の動きを止めようとする核保有国の抵抗もいっそう激しくなっていくことだろう。
今回の協議で高まった核兵器の法的な禁止への機運をどのように活かし、次につなげていくのか。「橋渡し」の新たな努力は可能なのか。核兵器依存国の動きを変えていけるのか。・新たな局面が拓かれた今、被爆国日本の対応がますます問われることになる。(中村桂子)