【第3期】第3報 歴史的な「前進」とさらなる「分断」(2016年8月19日)

19日(金)夜7時前、核兵器禁止条約交渉会議の2017年開催に向けた勧告を含む報告書案が投票に付され、賛成68カ国、反対22カ国、棄権13カ国(日本を含む)の賛成多数をもって採択、公開作業部会は閉会した。全会一致(コンセンサス)の合意をめざしていた会議に何が起こったのか。詳細な分析は後日に譲るとして、まずは最終日の経過を整理してみたい。

■合意に向けた努力

タニ議長の采配の下、各国はコンセンサス合意に向けた努力を続けていた。最大の難関は、第5章「結論及び合意された勧告」の2017年交渉会議開始に言及した箇所であった。採択までの間に報告書案「ゼロ・ドラフト」は4度の改訂を経ているが(最後の改訂は口頭によるもの)、当初、この一節は次の通りであった。

「この点に関して、過半数の国家(a majority of States)は、核兵器の完全廃棄につながる、核兵器の禁止のための法的拘束力のある文書を交渉すべく、すべての国家、国際機関、市民社会に開かれた会議を国連総会が2017年に開催することに支持を示した。しかし、一部の国家(a group of States)は、現在の国際安全保障環境を考慮すればそのような交渉は時期尚早であると考え、国家及び国際に安全保障の諸懸案に対処するための多国間軍縮交渉を前進させるプロセスの必要性を強調し、効果的な法的及び法的以外の措置を並行的、同時進行的に行うという実際的なビルディング・ブロックの追求を支持した。」

「過半数」をめぐる攻防があったことは本ブログで述べた通りである。非公開の非公式協議が重ねられ、19日夕方4時過ぎの公式会議(公開)の再開時点で配布された「3度目の改定案」で当該部分は次のように変更された。

「67.作業部会は、第34節で述べられたように、核兵器の完全廃棄につながる、核兵器の禁止のための法的拘束力のある文書を交渉すべく、すべての国家、国際機関、市民社会に開かれた会議を国連総会が2017年に開催するという広範な支持(widespread support)(※)を集めた勧告があったことを認識する。作業部会はまた、その他の国家(※※)が上述の勧告に合意しなかったこと、そしてそれらの国が多国間核軍縮交渉を前進させるためのいかなるプロセスも国家、国際及び共通の安全保障の懸念を考慮しなければならないと勧告し、合意されていない第40及び41節で述べられたように、多国間核軍縮交渉を前進させるための同時並行、同時進行的かつ効果的な法的及び法的以外の措置で構成される実際的措置を追求することを支持したことを認識する。さらに、作業部会はその他のアプローチに関する見解が表明されたことについても認識する。」

(筆者注)脚注として、※には「この勧告の支持国は、アフリカ諸国(54カ国)、ASEAN(10カ国)、ラテンアメリカ・カリブ諸国(33カ国)、ならびに一定数のアジア、太平洋、欧州の諸国などで構成」※※には「この勧告の支持国は漸進的アプローチを提唱する24カ国などで構成」と記載されている。

核兵器依存国らで構成される「漸進的アプローチ」の国々の意向を受け、「2017年交渉会議開始」については「広範な支持」を集めた勧告、と文言上は一定のトーンダウンを見せている。しかし脚注に具体的な国数があるように、禁止条約推進派が事実上の「多数派」であることは明示されている。「事実」を覆すことはできなかったということだろう。

公式会議の冒頭、タニ議長は「可能な最良(best possible)のもの」と報告書案を紹介し、各国が相違を埋める努力をしたことに謝意を述べた。続いて発言を求めた各国も妥協の産物であるとしつつも前向きな評価を口々に述べた。

■核兵器依存国の分裂

コンセンサスまであと一歩、という空気を一変させたのはオーストラリアであった。14カ国を代表して発言を求めた同国は、「合意された勧告」部分に「根本的な相違」があり、受け入られないとした。議長は「発言を最終報告書に記録する」と対処しようとしたが、オーストラリアは断固として投票を要求した。残りの13カ国はポーランド、ブルガリア、アルバニア、ハンガリー、イタリア、ベルギー、スロベニア、ルーマニア、ラトビア、エストニア、トルコ、リトアニア、そして韓国である。いわば、漸進的アプローチの24カ国の「分裂」であった。日本、ドイツ、オランダ、カナダ、ノルウェーなどは入っていない。

オーストラリアの発言を受けて、グアテマラが声を上げた。報告書案に対する修正提案である。前述の「作業部会は…(2017年条約交渉開始について)広範な支持を集めた勧告があったことを認識する」を、「作業部会は…(2017年条約交渉開始を)勧告する」に変更するというものである。コンセンサスであれば妥協もするが、投票に付されるとなれば、禁止条約推進派のもともとの主張である「より強い表現」を要求しよう、と考えたことは当然ともいえよう。

■そして投票へ

オーストラリア、グアテマラの動きを受け、メキシコが審議中断を要求した。会議室を移動し、約30分後の18時に再開することが確認された。

会議が再開され、グアテマラがあらためて修正提案を行った。最初の一文は次の通りである。

「67.作業部会は、第34節で述べられたように、核兵器の完全廃棄につながる、核兵器の禁止のための法的拘束力のある文書を交渉すべく、すべての国家、国際機関、市民社会に開かれた会議を国連総会が2017年に開催することを、広範な支持(※)をもって勧告した。」

修正提案に対する投票が行われ、賛成62、反対27、棄権8で可決した。日本は棄権した。

続いて、上記修正を含んだ形での最終報告書全体に対する投票が行われた。投票結果は冒頭に述べた通りである。各国政府関係者、国際機関、NGO、メディア関係者らで埋まった部屋に、次々と「多数派」のネームプレートがあげられていった。途上国の政府関係者が集まるテーブルからは笑顔も漏れた。議長が採択を告げると、会場には大きな拍手があがった。

投票後の説明で、日本は「最終的にギャップを埋められなかった」と、投票という結果になったことに遺憾の意を示し、「さらなる分断につながる」との懸念を述べた。オランダ、ノルウェーも同様の発言をした。

最後に、メキシコがタニ議長の努力を称える発言を行った。会場の拍手はいつまでも鳴りやまなかった。

■次の舞台は国連総会に

2017年に「核兵器の禁止のための法的拘束力のある文書」の交渉会議を始めるとの勧告がなされたことは「歴史的」成果である。何よりも重要であったことは、来年の交渉開始を求める声が間違いなく世界の「多数派」であることが明示されたことだ。このゆるぎない事実は、来る国連総会第一委員会(軍縮・安全保障)への決議案提出や投票行動を含め、各国の動向に大きな影響を与えていくことだろう。

しかし一方で、国家間の分断はますます強まっている。オーストラリアの行動はそれを象徴するものであった。投票に持ち込めば、数で優位となる禁止条約推進派の主張が通ることになる。それでもなお、「強硬姿勢」を示すことに意味があると考えたオーストラリアの真意はわからない。しかし、次に控える国連総会での波乱を予想させる動きであることは間違いない。また、今回の結果を受け、法的禁止の動きを止めようとする核保有国の抵抗もいっそう激しくなっていくことだろう。

今回の協議で高まった核兵器の法的な禁止への機運をどのように活かし、次につなげていくのか。「橋渡し」の新たな努力は可能なのか。核兵器依存国の動きを変えていけるのか。・新たな局面が拓かれた今、被爆国日本の対応がますます問われることになる。(中村桂子)

【第3期】短信2(2016年8月19日)12:00

8月19日、会議は最終日を迎えた。昨晩(18日)21時付で、報告書の再々改訂版が各国政府に配布された(英語)。問題の勧告部分は引き続き協議継続中とされ、文言は変えられていない。

本日19日は午前、午後ともに公開の公式会合が開かれる予定であったが、午前は開かれず、各国が最後の調整を続けているとみられる。

午後の会合の開始は15時を予定している。

 

【第3期】短信1(2016年8月17日)

 

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会議の開始時間が過ぎても、三々五々集まって協議を続ける各国政府関係者

 

8月17日、第3期の「後半」2日目は、開始後わずか10分で議長が個別の非公式協議に移ることを宣言し、閉会となった。明日18日夕方までに報告書の再改訂版を出すことを議長は約束した。各国政府代表は別室に移り、二国間や複数国間の協議を続けることになる。会議傍聴のために集まったNGOからは透明性の欠如に対する不満の声も漏れた。

【第3期】第2報 「多数派」をめぐる議論と「合意」への努力(2016年8月16日)

8月15日夕、議長は「ゼロ・ドラフト」の改訂版(英語)を配布した。5日以降の公式・非公式会合で各国が示した見解や修正提案を可能な限り反映させようとした議長の苦心の結果といえる。ただ、各国の議論が集中した第V章「結論及び合意された勧告」部分については、議長が同日付の各国宛書簡(英語)で述べたように、「引き続き見解の相違があることを踏まえ…さらなる協議が必要である」と、現時点の修正案は示されなかった。

翌16日午後には予定通り第3期後半の討議が始まり、改訂版をめぐる全般的な意見交換が行われた。冒頭、議長は「皆が受け入れられるような、歩み寄りによる解決を見出すべく協議を続ける」と合意形成に向けた決意を静かに語った。

■「過半数」の証明

最初に発言の機会を求めたのは、フィジー、ドミニカ共和国、ラオス、南アフリカという、地域グループを代表する国々であった。これらの目的は「過半数の証明」であったと言える。

「ゼロ・ドラフト」をめぐる議論の中で、核兵器依存国らがとりわけ強く反発したのが、「過半数の国家(a majority of State)」が「核兵器の禁止のための法的拘束力のある文書を交渉すべく、すべての国家、国際機関、市民社会に開かれた会議を国連総会が2017年に開催すること」を「支持」している、と書かれた部分であった。ある特定の立場をとる国家グループの「規模」を示す言葉として、報告書の中では「過半数(a majority of)」「多くの(many)」「一定数の(a number of )」「一部の(a group of)」などいくつもの(場合によっては解釈に幅のありそうな)表現が使われている。「ゼロ・ドラフト」をめぐってはこれらの表現も争点の一つであり、修正案では多くの変更が見受けられた

しかし、上記の国々は、「過半数(a majority of)」が議論の余地のない、歴然たる事実であることを証明した。フィジーはパラオ、ナウル及び同国の3つの南太平洋諸国、ドミニカ共和国は「ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体(CELAC)」(33カ国)、ラオスは「東南アジア諸国連合(ASEAN)」(10カ国)、南アフリカはアフリカ諸国(54カ国)のそれぞれの代表として発言し、2017年の禁止条約交渉開始への明確な支持を示した。さらにはマルタなど、ヨーロッパ圏からも支持の声があがった。合計すれば100カ国超、国連加盟国の「過半数」である。メキシコは、4つの地域が共通の声を上げたことを強調し、「(反対勢力に対し)我々は何倍も大きい」と述べた。

■継続する「合意形成」への外交交渉

現時点では予断を許さない状況であるが、各国からコンセンサスをめざそうとの建設的な発言が多く見受けられたことは事実である。終始穏やかな口調を崩さず、辛抱強く合意形成を訴えるタニ議長のリーダーシップに負うところも多いかもしれない。

法的議論の前進を求める前述の国々は、改訂版報告書に基本的なところでは異を唱えていない。漸進的アプローチの支持国も議長の努力を称賛し、コンセンサスに向けた努力を継続する意向を示している。後者を代表して発言したカナダは、5日のドイツ発言同様、「過半数」の国が2017年の禁止条約交渉開始を支持したとの記載のある第62節(修正版)を「受け入れられない」と繰り返したが、これらの「問題のある言葉選び」について「交渉を続ける用意はある」と言い、非公式の場での協議継続を提案した。また、個別に発言の機会を求めた日本も、合意達成に向けて「さらなる議論と改善が必要」とし、国際的な軍縮コミュニティが「共同行動」をとることの重要性を訴えた。

法的議論の前進を求める国と、それに抵抗する漸進的アプローチの国の「橋渡し」は可能だ、と主張する国もあった。ニュージーランドは、2016年が核軍縮交渉の完結義務を示した国際司法裁判所(ICJ)勧告的意見の20周年にあたることに触れ、「圧倒的多数(the overwhelming majority)の国家が禁止条約交渉を始める好機だと考えている。多数派の国は現状に満足していない。我々はステップ・バイ・ステップのみに依存し続けることはできない」と述べた(英語)。しかし同時に、「これは少数派(the minority)の見解を否定することを意味するものではない」と念を押した。いうまでもなく、「少数派」とは漸進的アプローチの国々のことである。

「核兵器の廃絶に向けた法的な枠組みを進めるなかで、同時に中間的目標(「ステップ」あるいは「ビルディング・ブロック」)を追求していくことは完全に可能だ」とニュージーランドは強調した。「二者択一ではない。我々は両方を進めていくことができる。」

次の公式会議は明日17日午後である。各国の水面下での交渉もますます過熱していくだろう。

(文責:中村桂子)

【第3期】第1報 ゼロ・ドラフトをめぐる攻防 (2016年8月13日)

8月5日、OEWGの第三会期がジュネーブで始まった。7月28日に各国政府に提示された報告書案(「ゼロ・ドラフト」)を基に参加国が議論を重ね、最終日の19日までに今秋の第71回国連総会に向けた勧告を含む報告書を取りまとめていく予定だ。報告書に盛り込まれた勧告が国連総会でどのように取り扱われるかはまだはっきりとしないが、内容次第では、今後の核兵器禁止条約の交渉開始に繋がる国際機運の醸成に大きく貢献するものとなりうる。

しかし、本ブログがこれまで論じてきたように、法的議論の前進を求める非核兵器国と、「現状維持」を求める核兵器依存の非核兵器国の溝は深く、対立は強まっている。各国はコンセンサス(全会一致)での報告書採択をとりあえず目指してはいるが、現状ではその見通しは不透明である。その場合、国連総会のルールに則っての投票と賛成多数による採択という形が想定されるが、議長を務めるタイのタニ・トングファクディ大使がどのような最終判断を下すのか、現時点ではまだわからない。

 

■スケジュール

タニ議長が各国政府に送った7月7日付の書簡によれば、第3会期の進め方は次のようになる。

  • 8月5日午前(午前10時~13時):ゼロ・ドラフトに対する全般的な意見交換。続いてパラグラフごとに読み進めながらの意見交換。午後(午後3時~6時)もこれを継続
  • 必要に応じて8日と9日(ともに午後)に非公式会議を開催(実際は9日には開かれなかったという)
  • 16日、17日(ともに午後):報告書が完成
  • 19日:最終討議と報告書の採択

2月、5月の会期に引き続き、市民社会の参加や発言も奨励されているが、ジュネーブ現地で傍聴をしている国際NGOによれば、5日午後のセッションは急遽非公開となった模様である。

 

■ゼロ・ドラフト

7月28日に配布された「ゼロ・ドラフト」(英文)は全25ページであり、次のように構成されている。

Ⅰ.はじめに

Ⅱ.組織運営に関する事項

Ⅲ.作業部会の進め方

Ⅳ.実質議論及び勧告(パラ18~58)[全般的見解、核兵器のない世界に向けての具体的法的措置、法的条項及び規範、多国間核軍縮交渉前進に向けての措置等]

V.(パラ58~60):結論及び合意された勧告

VI.報告書の採択

ここにあるように、「ゼロ・ドラフト」の大部分(IV,V)は今年2月と5月に行われた実質的協議のまとめに割かれている。秋の国連総会に向けた「勧告」と言われている部分が上記の「V」である。中でも次の項目が重要である(抜粋訳は別途ウェブに掲載)。

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V.結論及び合意された勧告

59.・・・過半数の国家(a majority of States)は・・核兵器の禁止のための法的拘束力のある文書を交渉すべく、すべての国家、国際機関、市民社会に開かれた会議を国連総会が2017年に開催することに支持を示した。しかし、一部の国家(a group of States)は、現在の国際安全保障環境を考慮すればそのような交渉は時期尚早であると考え、・・効果的な法的及び法的以外の措置を並行的、同時進行的に行うという実際的なビルディング・ブロック(ブロック積み上げ方式)の追求を支持した。

60.また、作業部会は・・各国政府に対し、多国間核軍縮交渉の前進に貢献しうる諸措置の見直し及び履行を行うよう勧告した。これらの措置には次が含まれる・・現存する核兵器に関連するリスクに関係する透明性措置、事故、間違い、無認可、あるいは意図的な核兵器爆発のリスクを低減、排除するための措置、核爆発がもたらす広範な人道上の結末・・に対する認識や理解を増大させるための追加的措置、そして多国間核軍縮交渉の前進に貢献しうるその他の措置。

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■依存国の反発

「ゼロ・ドラフト」全体を通しては、コンセンサスの獲得に向けて、異なる各国グループの主張や見解をあまねく盛り込もうとしたタニ議長の苦心が透けて見える。最後の勧告部分において、基本的には両論併記という形であるが、「過半数の国」が核兵器禁止条約の交渉会議の2017年開催を支持した、との認識が示された点からは、法的議論の前進に向けた議長の前向きな意向が示されていると言える。

しかし当然ながら、こうした表現は核兵器依存の非核兵器国にとって受け入れられるものではなかった。5日午前、日本を含む「漸進的アプローチ」(本ブログ第1報参照)支持国を代表して発言したドイツは、「ゼロ・ドラフト」に「明らかなバランスの欠如」があるとの懸念を示した(英語)。その上で、「2017年交渉会議開催」が盛り込まれた第59節については、「これを勧告として受け入れることはできない」と強く否定し、法的禁止に反対するこれまでと同じ論点を次のように繰り返した。

 「実際、禁止条約(Prohibition Treaty)をいま交渉することは、NPTを基盤とする国際的な核不拡散、軍縮、安全保障の構造をまさに損なわせ、決裂の危機に晒すものであり、58節の目的(注:NPTの強化)に反するものである・・核軍縮の次のステップは国家安全保障の懸念とのバランスをとったものでなければならず、国際情勢を重視し、核兵器保有国を関与させるものでなければならない・・禁止条約交渉は核兵器国と非核兵器国間の溝をいっそう深くする危険性を冒すだけのものである。」

 

公開されている5日午前のセッションにおいて、日本政府が独自に発言の機会を求めることはなかった。他方、この会合が8月6日の広島原爆忌の直前のタイミングで開かれたことを参加国に想起したオーストリアの声明(英文)を最後に紹介したい。

 「核兵器が広島と長崎に使用された71回目の記念日である本日、セバスチャン・クルツ・オーストリア外相は、核兵器の禁止と廃絶の達成に向け、我々が一心不乱に努力すべきことをあらためて表明した。よって我が国は、全ての国家、国際機関、市民社会に開かれた国連総会による会議を2017年に開催し、核兵器廃絶につながる、核兵器禁止のための法的拘束力のある文書の交渉を開始するよう求める過半数の国の一つとなったのである。」

(文責:中村桂子)

 

第4報 条約の中身は?(2016年5月10日)

会議5日目は、前日に続き、パネルⅣ「核兵器のない世界の達成と維持のために締結が求められる効果的な法的措置、法的条項および規範を形作る不可欠な要素」に関する意見交換に終日を費やした。端的に言えば、「中身に何が入るのか」をめぐる議論である。本ブログ第1報で言及したように、国際社会が選びうる軍縮アプローチには、禁止先行の核兵器禁止条約、包括的な核兵器禁止条約、枠組み合意、あるいは漸進的(プログレッシブ)にブロックを積み上げていく、といった異なるアプローチが特定されている。そしてそれぞれのアプローチにおいて、さまざまに異なる(あるいは重なる)「要素」が提案されている。

核抑止依存の非核兵器国は、「軍縮義務はNPT第6条で規定されているから「法的ギャップ」などそもそも存在しない」「包括的核実験禁止条約(CTBT)や核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)を着実に履行すべき」、といった反論を繰り返している。しかし、メキシコが「(禁止条約を)やるべきかどうかの議論はもう終わった。今は、いつやるか、何をやるかが問題なのだ」と述べたように、法的禁止「推進派」の非核兵器国からは条約に含まれるべき具体的な「要素」についての考察や提案が次々に出され、議論は深まっている。

こうした「要素」案については、前述した議長の「まとめ文書」においても一覧が別添資料としてまとめられた(英語)。また、国連軍縮研究所(UNDIR)とInternational Law and Policy Institute(ILPI)の共同執筆による報告書「A Prohibition on Nuclear Weapons」は、「要素」を①禁止(各国がやってはいけないこと)、②義務(各国がやるよう求められること)、③その他の要素、の3つのカテゴリーに分類し、詳細な分析を行っている。これらの内容を論じることは別の機会に譲るとし、本稿では注目すべきいくつかの点を紹介するにとどめたい。

 

何を「禁止」するのか

取るべきアプローチがどのようなものになろうとも、その法的文書には「・・・してはならない」の禁止条項が含まれる。その範囲をどこまで広げるかついてはさまざまな見解があるが、禁止条約を求める国々からは、ほぼ共通の認識として、核兵器あるいは他の核爆発装置の「保有」「使用」「使用の威嚇」「取得」「備蓄」「開発」「実験」「製造」「生産」「移転」「通過」「配置」「配備」「(禁止行為に対する)援助」「(同)奨励」「(同)勧誘」「融資」に対する禁止が要素として挙げられている。これらの項目の多くは、NPTに締約している非核兵器国はすでに誓約しているものである。加えて、非核兵器地帯条約を締結している国々は、たとえば「他国の核兵器を自国の領内に配備しない」といったNPTよりもさらに厳しい禁止義務を負っている。

これらの中で特に新しくて注目されるものとしては、「融資(Financing)」の禁止が挙げられるのではないだろうか。核兵器の開発や生産に関連する「融資」を禁止条項に含めるという提案は、国際NGOの中などから繰り返し出されてきたものだ。実際、核兵器製造に関連する企業に対する融資を禁じる国内法を制定させた国も存在する。核兵器の開発維持に巨額が費やされる現状の中、非核兵器国の金融機関からも核兵器関連の企業に融資がなされているという事実に人々の目を向けるためにも重要な議論であろう。

被害者の権利と救済

パラオ、タイ、アイスランドを含めた国々からは、核兵器禁止条約の中に、「核兵器による被害者に対する援助」の項目を盛り込むべき、との声があがった。こうした項目は、既存の条約(たとえば「特定通常兵器禁止制限条約」の議定書V)などにも存在しているが、核兵器に関しては、非核兵器地帯条約も含めて存在しない。この点に関して、「人道性の誓約」は、「核兵器爆発及び核実験の被害者が経験した受け入れ難い被害」との認識を示した上で、「被害者の権利やニーズが十分に対処されていない」と埋めるべき法的なギャップがあることを指摘していた。

「援助」が「誰」を対象にし、「どのように」援助するかについては、科学的、社会的、倫理的、政治的、経済的観点からさまざまな議論がありうるだろう。南太平洋のフィジー、ナウル、パラオ、サモア、ツバルは、共同提出した作業文書(WP14。英語)において、「被害者の権利を満たすために援助を提供する義務」「そのような努力を行っている他の国に援助を提供する義務」「実施された活動についての報告を行う責任」「そうした援助を行っているコミュニティが経験を共有し、共同での行動を強化するために作業する定期会合の実施」を条約における義務の案として挙げている。しかし、広島、長崎のケースを考えただけでも、その実際の履行に向けては相当の困難が待ち構えているだろうことは容易に想像がつく。非常に重要かつセンシティブな問題であり、今後の議論の発展が注目される。

市民社会の貢献

このように、禁止条約に関しては、「なぜそれが必要なのか」「どのように実現するのか」といった観点に加え、そこに含まれるべき内容についても具体的なところまで議論が煮詰まってきているという印象がある。こうした議論においては、市民社会の長年の、そして多岐にわたる貢献がさまざまな形で生かされていることが特徴だ。OEWGは、各国政府、国際機関、市民社会といった世界のあらゆるアクターが(核兵器国の姿がないのは残念であるが)、これまでの枠を超えて核兵器をめぐるさまざまな論点を出し合い、平和で安全な世界を創るために本当に何が必要なのかを真剣に議論する、またとない重要な機会ともなっている。(中村桂子)

 

 

 

第3報 多数派の声は届くか(2016年5月9日)

 

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会場で発言する日本被団協の藤森俊希事務局次長(中央)

 

作業部会の第二週目がスタートした。会場の政府代表の姿は若干増えているようにも見える。中小国の中には財政上の理由で二週目からの参加になったという国も少なくないようだ。ジュネーブは世界でも指折りの物価の高い地域である。

さて、本日月曜から今回の作業部会の「核心部分」とも言える「核兵器の法的禁止」をめぐる議論が始まった。パネルⅣでは「核兵器のない世界の達成と維持のために締結が求められる効果的な法的措置、法的条項および規範の要素」をテーマに、国際法の専門家であるスチュワート・ケーシー=マスレン博士(プレトリア大学(南アフリカ))が発題し、各国政府、NGOを含めた意見交換が午後一杯まで続いた。

すでに第一週目から、「人道アプローチ」国家を中心とする非核兵器国と、NATO諸国やオーストラリア、日本など「核抑止依存の非核兵器国」との対立構図は明らかであったが、この議論を通じてそうした構図はさらに鮮明になっていった。前者は核兵器禁止の法的措置の必要性を強調し、作られるべき条約の具体的な内容についてさまざまな提案を行った。現状では規制の手段の存在しない「未臨界核実験」や核兵器の近代化なども禁止対象に組み込むといった案が出された。他方、後者は長年停滞を続ける「包括的核実験禁止条約(CTBT)」や「核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)」のような既存の法的措置の強化を訴えるなど、現状維持の議論に終始したと言える。

 

法的禁止を求める諸提案

法的禁止「推進派」の筆頭であるメキシコは、9カ国で提出した作業文書34「核軍縮を進める:非核兵器地帯の視点からの勧告」(WP34。英語)への支持が広がっていると述べ、これをいっそう拡大していく必要性を訴えた。これは、本ブログの第3報でも触れたように、2017年に核兵器禁止条約の交渉会議を開催するよう国連総会に勧告するものである。110か国を超える既存の非核兵器地帯条約の締約国にどこまで広がっていくかが今後の注目点であろう。

あわせて、オーストリアの主導で出された「人道性の誓約」の127の賛同国がほぼそのまま共同提案国として名を連ねた作業文書「『法的なギャップ』:核軍縮交渉を前進させるOEWGへの勧告」(WP36)にも注目したい。ここでも、「緊急性をもって追加的な法的文書(あるいは複数の文書)の追求」をし、「核兵器の禁止と廃絶に向けた国際努力を支持」すべきとの勧告が提案されている。

このほかにも、中南米諸国すべて(33か国)が参加する「ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体(CELAC)」が提出した作業文書(WP15。英語)や、南太平洋のフィジー、ナウル、パラオ、サモア、ツバルが提出した作業文書(WP14。英語)などが核兵器禁止に向けた条約交渉開始の勧告を盛り込んだ。後者は、核実験の爪痕が残る南太平洋諸国の経験を踏まえ、「被害を受けた人々の権利の認識」などを含めたさまざまな条約構成要素を提案している。

 

「多数決」か「コンセンサス」か

このように、核兵器禁止の法的措置を求める声は間違いなく国連加盟国の「多数派」であるが、このことは、8月にまとめられる報告書との関係で重要な意味を持っている。今回の作業部会は、その設立を定めた国連総会決議により、「国連総会の下部機関としてその手続き規則に則る」とされているが、報告書の採択が「多数決」になるのか、それとも全会一致の「コンセンサス方式」になるのかは現時点では明らかではない。数の上では不利になるとみられる核抑止依存国側からは、コンセンサス方式を求める声が繰り返しあがっている。

8月の報告書採択、そしてその先にある秋の国連総会(多数決で決議が採択される)を見据えながら、多数派工作を続ける非核兵器国、それを崩そうとする核抑止依存国(及び影響力を行使する核兵器国)の動きは今後ますます激しくなっていくだろう。(中村桂子)

 

第2報 誰にとっての安全保障なのか?(2016年5月4日)


「…史上稀にみる惨状を生き抜いてきた私たち被爆者は、非人道的な核兵器の容認し難い現実について世界に警鐘を鳴らすことが自らの使命であると考えるようになりました。こうして過去70年にわたり、私たちは大量殺人の道具である核兵器の完全なる廃絶を求めてきました。広島と長崎の被爆者、そして核実験の被害を受けた人々は、『生きているうちに核兵器廃絶を』との希望を叶えることなく次々に亡くなっています。私たちにとって、この70年間は核軍縮を訴え続けた終わりのない戦いでした。しかし、核兵器の廃絶こそが人類の生存を可能にする唯一の道である、という私たちの信念が揺らぐことは一度たりともありませんでした。」

会議3日目の冒頭、タニ議長らとともに檀上にあがった広島被爆者のサーロー節子さんは、絞り出すような、しかし深く響く声で、13歳の女学生だった自らの被爆体験を語り、今回の公開作業部会が核兵器禁止条約の交渉に向かう一歩となることを強く訴えた(英語)。会場には惜しみない拍手がいつまでも鳴り響いた。

 

問われる「核抑止」依存国の政策

OEWGの議論は、パネリストによるプレゼンテーションと、それに続く会場の各国政府やNGOを含めたインタラクティブな意見交換、という形で進行している。OEWG設立の国連決議に基づき、これまでの3日間では以下のテーマが討議された。

  • パネルⅠ(5月2日):偶発的、間違い、未認可、あるいは意図的な核兵器爆発のリスクを低下、除去する諸措置
  • パネルⅡ(5月3日):既存の核兵器をめぐるリスクに関連した透明性の諸措置
  • パネルⅢ(5月4日):核兵器爆発がもたらす、広範囲かつ多様な人道上の結末の複雑性及び相互関係性についての認識と理解を促進するための追加的な諸措置

サーローさんの発言、また、初日に核兵器使用の「リスク」の重大性を訴えたルイス氏の発言に呼応する形で、3日目のパネルⅢで発題した核戦争防止国際医師会議(IPPNW)のアイラ・ヘルファンド氏は、偶発的、意図的にかかわらず、壊滅的な影響をもたらす核兵器使用の危険性や緊急性が高まっているとし、「我々は現実を直視しなければならない」と訴えた(英語)。氏は、この間の核兵器の非人道性の議論でエポックメイキングとなった「核の飢餓」、すなわち印パ間のような局地的核戦争であっても世界規模の気候変動をもたらし、20億人が飢餓に瀕するとの報告で知られる研究者である。また、もう一人の発題者であった国連開発計画(UNDP)のサラ・セッケンズ氏は、国際機関などによる人道支援状況は現時点でさえ十分とはいえず、もし核兵器が使用されたらその人的及び経済社会的影響は極めて甚大なものになりうると警鐘を鳴らした(英語)。

3日間の討論を通じて、これら檀上の発題者、多くの政府代表、そして市民社会の参加者からは、核兵器がすべての人類にとっての「喫緊の脅威」であり、その禁止と廃絶に進むことが唯一の解決策であるとの認識が繰り返し示された。

こうした声は同時に、核兵器依存の非核兵器国に対して、その政策の是非を正面から問うものであったと言える。たとえば、リスクや透明性に関する議論で焦点化したのは「欧州配備の米戦術核」の問題であった。NATO核政策の一環として、ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコの5か国には、推定160~200発の米戦術核が配備されている。メキシコなどを中心に、人道アプローチの国々やNGOからは、これらNATO諸国が透明性の重要性を主張しながらも、自らの領土に配備された米核弾頭に関しては十分な情報を公開していないと、舌鋒鋭く切り込んでいった。

 

安全保障と人道性をめぐる議論

法的議論を前進させよう、という声に対し、核兵器依存の国々から最もよく聞く反論の一つが、「安全保障」と「人道性」の両面を考慮しなければならない、という主張である。言い換えれば、安全保障上の脅威が存在する限りは核兵器の存在が必要だ、ということである。たとえば、日本提出の作業文書「核兵器のない世界に向けた効果的な措置」(英語)は、「核軍縮の前進に向けた基盤となるべき『2つの基本的認識』」として次のように述べている。

「5.核軍縮は2つの基本的認識を基に促進されなければならない。一つ目は核兵器使用の人道上の影響に対する明確な理解であり、もう一つは安全保障環境の現実に対する客観的な評価である。核兵器のもたらす壊滅的な人道上の影響に対する認識は、本来すべての核軍縮不拡散アプローチ及び努力の下支えとなるものである。同時に、核軍縮及び不拡散の促進においては、朝鮮民主主義人民共和国による昨今の核実験や弾道ミサイル発射などの喫緊の安全保障問題に直面している北東アジアをはじめとする厳しい安全保障環境が常に考慮されなければならない。」(日本語訳は筆者)

これに対して、人道アプローチを推進する国々やNGOは、安全保障か、それとも人道性か、という二項対立、相互排他的な捉え方そのものが誤りであると指摘してきた。たとえば、オーストリア提出の作業文書「核兵器と安全保障:人道的観点」(WP9。日本語暫定訳英語)は、人道アプローチこそ、安全保障の問題を「議論の中心に据え」たものだ、と論じている。つまり、「安全保障」対「人道性」ではなく、核兵器依存国が主張する、核抑止によって安全が保証されるという「狭い意味での安全保障」と、核兵器が地球規模で与えている脅威を考慮した「人類共通の安全保障」という、何に重きを置くかで異なる2つの安全保障観として捉えるべき、という主張である。オーストリア作業文書は次のように結ぶ。

「国家の主たる機能は、その国民を守り、安全を提供することにある。『狭い意味での安全保障アプローチ』において国家の安全保障のみに焦点を当てることは、その国民の防護や安全はどうなるのかという疑問を呼ぶ。軍事的な論理が主導する世界のなかで、核兵器は報復攻撃を誘発するものである。ある国において核兵器が存在することはその国の人々の防護や安全を強化するのではなく、反対にそれを低下させるものである。このように、『狭い意味での安全保障アプローチ』は人道アプローチと矛盾するものではない。むしろ、それは人道面での検討を促し、人道アプローチの妥当性を補強するものである。」(日本語訳は筆者)

核兵器依存の国々からは、こうしたオーストリアらの主張を踏まえた上で、さらなる反論がなされている。初日、「議長のまとめ文書」をめぐる議論で発言した日本の佐野利男軍縮大使は、「人類共通の安全保障」と、「国家安全保障を損なわせない漸進的方法による実際的な核軍縮措置を取る考え方」を「2つの明確に異なる見解」と位置付けた上、後者の考え方が8月に向けた勧告の基盤になるべきと強調した。

 

「戦いの場」は第二週に

人道アプローチの国々と核兵器依存の国々の対立構造がますます明確化する中で、OEWGの第一週は終わった(5、6日は国連の休日のため会議はなし)。第二週の頭から、まさに議論の本番といえる「効果的な法的措置、法的条項および規範」をテーマにした討論が始まる。

すでにいくつもの国家グループからは、核兵器禁止の法的枠組みの交渉開始に関する具体的な提案が出されている。とりわけ注目すべきは、2017年に核兵器禁止条約の交渉会議を開催することを提案した作業文書「核軍縮を進める:非核兵器地帯の視点からの勧告」であろう(WP34。英語)。アルゼンチン、ブラジル、コスタリカ、エクアドル、グアテマラ、インドネシア、マレーシア、メキシコ、ザンビアの9か国による提出となっているが、現存する5つの非核兵器地帯条約に110を超える国々が含まれることからも、今後この動きに同調する国の数が拡大していく可能性はある。8月に策定される勧告文書にこうした具体的な交渉開始マンデートが盛り込まれるか否かが焦点である。二週目においてはこうした点をめぐる各国のせめぎ合いがますますヒートアップしていくだろう。核軍縮をめぐる国際議論は間違いなく大きな正念場を迎えている。(中村桂子)

第1報 「橋渡し」は可能か?(2016年5月2日)

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会場の様子(2016年5月2日、RECNA撮影)

昨日までの小雨が止み、さわやかな青空が広がる中、国連公開作業部会(OEWG)が開幕した。会場となった国連内会議室の政府代表の席には若干の空きが目立つ。NGOの調べでは参加国は75か国に上るという。2月に引き続いて核保有国の姿はない。

初日は、冒頭の一時間程度において「議長によるまとめ文書」(Chair’s Synthesis Paper)(英語)をめぐる議論が行われ、残りの時間は「パネルⅠ」として偶発的な事故やテロ行為による使用を含めた核兵器爆発の「リスク」をいかに低減し、除去していくかについてパトリシア・ルイス氏(英国王立国際問題研究所)によるプレゼンテーションと意見交換が行われた。

後者も極めて重要な議論であるが、ここでは前者について少し書いてみたい。「議長によるまとめ文書」は、各国政府やNGOなどが4月7日までに出した作業文書に盛り込まれた主たる論点や勧告についてまとめた15ページにわたる文書である。名前の通り、タニ・トングファクディ議長(タイ)個人の責任でまとめられたものであり、各国が合意したものではない。

まとめ文書の第4章には、OEWGの目的である「多国間核軍縮の前進」に向け、各国らが出している主な勧告が列挙された。概要以下の通りである。

・核兵器禁止のための法的拘束力のある文書あるいは一連の文書を交渉する多国間外交交渉を早期に開始すべき。2016年に交渉を開始し、2年以内に締結すべきとの案も。

・核兵器の保有、開発、配備、使用、実験等の禁止、および廃棄を盛り込んだ包括的核兵器禁止条約の交渉を早期に開始すべき。核兵器の完全廃棄に向け、時間枠をともなった段階的計画に合意することが重要。

・実際的、効果的な信頼醸成措置の促進を第一にする「漸進的(Progressive)アプローチ」を進めるべき。

すなわち、「禁止先行型の核兵器禁止条約」「包括的な核兵器禁止条約」、そして後述する「漸進的アプローチ」の三つ巴、と言えるだろう。

まとめ文書からは、各国の異なる立ち位置に配慮し、法的議論の「推進派」と「慎重派」のバランスを重視することで、今後の建設的、生産的な議論に繋げていこうとの議長の苦心が透けて見える。しかし、発言を求めた国々の多くが議長の努力を称賛する発言を行う一方で、とりわけ日本、オランダ、ドイツなど「漸進的アプローチ」の国々からは、「バランスに欠けている」「漸進的アプローチの主張が正しく反映されていない」といった厳しい批判が相次いだ。

ところで、この「漸進的アプローチ」とは何だろうか。

核保有国や核兵器に依存する非核兵器国は、困難な国際環境の中で核軍縮を進める唯一の現実的方途として、「ステップ・バイ・ステップ(段階的)」アプローチを長年提唱してきた。包括的核実験禁止条約(CTBT)発効や核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)交渉開始に代表される「現実的、漸進的な措置」を積み上げることによって、究極的な核軍縮の実現に向かっていこうというものである。

こうした根幹部分は変わらないものの、この間、核兵器依存の国々の主張は若干の変化を見せてきた。2013年に行われた前回のOEWGに12か国(オーストラリア、ベルギー、カナダ、フィンランド、ドイツ、イタリア、日本、オランダ、ポーランド、ポルトガル、スロバキア、スウェーデン)が提出した作業文書は、「ビルディング・ブロック(ブロック積み上げ方式)」というアプローチを新たに打ち出した(日本語暫定訳英語)。それまでのステップ・バイ・ステップと異なり、「並行的、同時的な措置」を積み上げるものとされている。慎重な表現ながら、「最後のブロック」として、将来的には核兵器禁止条約(NWC)などの法的枠組みの検討が必要になるとの認識が初めて示されたことでも注目された。

そして今回新たに登場したのが、この「漸進的アプローチ」の概念である。作業文書「核兵器のない世界への漸進的アプローチ:ビルディング・ブロック・パラダイムを再訪する」(日本語暫定訳英語)の共同提出国は、2013年の12か国にブルガリア、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、スペインが加わり、スウェーデンが抜けた18か国である(これは2月の提出時の数字であり、5月会期までに20数か国に増えているという情報もある)。「漸進的アプローチ」は、「同時並行的に進行する効果的措置」(ビルディング・ブロック)で構成され、「核兵器のない世界を実現するための非法的及び法的措置の組み合わせ」によってなるもの、と説明されている。ここで言う「法的措置」とは要するに法的拘束力のある条約などで、NPT、IAEA保障措置、CTBT、核テロリズム防止条約などが挙げられる。他方、「非法的措置」は透明性の向上、戦略・非戦略核の削減、核兵器の役割低減、検証能力の開発等、「法的措置」以外のものを指す。こうした諸措置については、これらの国々が繰り返し重要性を主張してきたものであり、その意味では目新しい点はない。

新しい要素としては次の2つに注目すべきだろう。一つは、今年の「漸進的アプローチ」作業文書で新たに登場した「最小限地点」という概念だ。これは、「核兵器が非常に少ない数まで削減され、効果的な検証技術と手法をともなう国際的に信頼性のある検証体制が確立された時」と定義されている。NWCなどの法的措置について、今回の作業文書は2013年と同様、「最後のブロック」として検討が必要になるとの認識が示されているが、これと「最小限地点」との関係は必ずしも明確ではない。

また、今回の作業文書が「信頼醸成に貢献する初期段階の措置としては、非法的及び法的な措置からなる広範かつ柔軟な『枠組み』に関する合意があり得るだろうし、これは軍縮プロセスを前進させるものとなる」と述べている点も重要である。この間に議論されてきた法的枠組みの一つの在り方が「枠組み協定型」であることは既述の通りである。枠組み協定は、相互に補強しあう一連の法的文書、あるいは枠組み条約と付属議定書、というような形で実現される。こうした形態は、たとえば1980年の特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)のようにすでに他の分野で存在しているものである。

想定されている「枠組み」が何かについて、それぞれの国の考えに相当の隔たりがあることは間違いない。しかし、「漸進的アプローチ」の国々と法的議論の「推進派」の国々との主張の溝が広がるなか、この「枠組み」の在り方について検討を開始することが両者の「橋渡し」に向けた努力の一助となるのではないだろうか。(中村桂子)

 

 

 

第0報 国連公開作業部会:その意義と展望

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会議が行われる国連欧州本部(2016年4月30日、RECNA撮影)

明日5月2日からスイス・ジュネーブの国連欧州本部で、核兵器のない世界のための法的措置などを議論する「国連オープンエンド(公開)作業部会(Open-Ended Working Group)」第2期が約2週(会議が行われるのはそのうち8日)にわたって開催される。4月30日、5月1日には、この間の市民社会の動きを牽引してきた国際NGOネットワーク「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」主催の「キャンペーナー会議」が開かれ、各国から集まった100名以上のNGO関係者が今後の運動戦略について議論を交わすなど、周囲の動きも熱を帯びてきている。

日本からも多くの市民が参加し、メディアへの露出も高い核不拡散条約(NPT)再検討会議と異なり、今回の作業部会がそれほどの注目を浴びているとは言えない。しかしこの作業部会は核軍縮をめぐる今後の動きを見る上で極めて重要な位置を占めている。本ブログではジュネーブ現地からの「短信」として、各国の主張や議論のポイントなどを不定期に紹介していきたい。RECNAのプロジェクトであるが、文責は中村個人にあることを付記しておく。

核兵器のない世界に向けて:効果的な法的措置への議論

まず、作業部会の性格や位置づけについて簡単に紹介したい。この作業部会は、昨年秋の第70回国連総会にメキシコなどが提出した国連決議「多国間核軍縮交渉を前進させる」の採択により設置された。その最大の目的は「核兵器のない世界を達成と維持のために締結が求められる具体的かつ効果的な法的措置、法的条項および規範」に関する「実質的な協議」であり、今年2月、5月、8月の3会期にわたる議論を経て、秋の国連総会に勧告を提出する。すべての国連加盟国に参加が求められていることに加え、NGOにも広く門戸が開かれ、議論への実質的な貢献を可能にしている点が特徴だ。

核保有国は不参加:重要な「核抑止依存」非核保有国の役割

前回2月の会期(2月22日~26日)には約90か国から政府代表の参加があったとされる。9つの核保有国はいずれも不参加であった。核兵器の非人道性に着目する「人道アプローチ」の流れが「核兵器の法的禁止」の要求を強め、とりわけ「核保有国抜き」での禁止条約制定も可とする議論が顕在化していることに対し、核兵器国はいっそう危機感を募らせ、反発を強めているように見える。他方、前述の国連決議に反対あるいは棄権票を投じたNATO(北大西洋条約機構)加盟の非核兵器国や日本、オーストラリアなどは参加した。

核保有国不在の中で、2月の会期での議論は、法的議論の具体的前進を求める非核兵器国と、「現状維持」を求める核兵器依存の非核兵器国との対立、という基本構造であったと言える。前者の中心となったのは、「人道アプローチ」を標榜する国々だ。3回の「核兵器の人道上の影響に関する国際会議」の議論を経て生まれた「人道性の誓約」は、「核兵器の禁止及び廃棄に向けた法的なギャップ(欠けている部分)」を埋めるべきとし、そのための国際社会の協力を促した。この「誓約」に賛同する国は今や120か国以上に上る。この「誓約」は国連決議になったが、ここでも国連加盟国の圧倒的多数である139か国が賛成した。

言うまでもなく、核兵器禁止の法的措置の在り方は一つではない。新アジェンダ連合(NAC。メキシコ、ブラジル、アイルランド、ニュージーランド、エジプト、南アフリカ)が類型化するように、保有、使用、配備、実験などの禁止に加えて備蓄の廃棄や検証体制についても盛り込んだ「包括的な核兵器禁止条約(NWC)」、禁止のみを先行し国際的な規範意識の確立を狙った「核兵器禁止(BAN)条約(NWBT)」といった「単一条約型」もあれば、別々の条約などが相互に支えあう形で枠組みを構築する「枠組み協定型」もある。「モデルNWC」の提唱国であるコスタリカやマレーシアが2月会期に提出した作業文書でNWBTの利点を述べるなど、禁止先行型への国際支持は高まっているように見受けられるが、けっして一枚岩ではなく、各国からも、また市民社会からも、さまざまな主張が混在している。

今回の5月会期においては、こうした法的措置についての議論がいっそう深められていくことになる。特に、「核兵器依存」非核保有国の役割が注目される。核抑止が安全保障において不可欠と考えるこれらの国からは、「核兵器の法的禁止は安全を損なわせる」「たとえ禁止条約ができても核保有国は参加しない」といった主張がこれまでもなされてきた。そういった核兵器依存国の議論はどう変化していくのか。「人道アプローチ」の国々との対立点がますます鮮明化していく中で、議論の分断をいかに回避し、自国らの主張と「人道アプローチ」の主張のあいだに有機的な接点を見出していくか、そして真の意味での核兵器国と非核兵器国の「触媒」として機能していけるかが問われている。2週間の議論に注目していきたい。(中村桂子)